労働衛生のリスクアセスメント
様々な分野において、リスク管理体制の整備が求められていることもあり、「コンプライアンスからリスクマネジメントの時代へ」 とも言われています。
リスクマネジメントとは、リスクを把握・特定することから始まり、把握・特定したリスクを発生頻度と影響度の観点から評価した後、リスクの種類に応じて対策を講じます。
リスクが実際に発生した際には、リスクによる被害を最小限に抑えるという、一連のプロセスをいいます。
では、秋の山歩きを考えましょう。
最近は木の実等が少なく、人里近くにまで熊がよく出没します。
熊がいるということは、襲われて怪我をするなどの潜在的な危険性があります。
(ハザードが存在)
しかし、人間が近づかなければ怪我をしたりすることは起こりません。
(人間にとってリスクはない)
人間が近づくことでリスクが発生すると言うことになります。
ハザード(hazard):危険の原因・危険物・障害物などを意味するもの
リスク (risk)
:一般的には、「ある行動に伴って危険に遭う可能性や損をする
可能性を意味する概念」
ここで、山歩き するときに、
● 熊がいるかも?
● 熊がこちらに気づいて襲ってくるかも?
などを考えると思います。
次に、何を考えるか?
● 熊に会う可能性は?
● もし襲われたらどのくらいの怪我をするか?
を頭の中で考えています。
これは、「危険性の高さを検討している」ことになります。
(リスクレベルを検討して決めている)
そして最後に、ではどのようにするか?
この状態は無意識のうちに頭の中で危険性を検討している
と、いうことです。
(危険性の調査・把握)
● 鈴や笛などを持って音を出しながら歩く。
● 一人で行かずに集団で行く。
● 撃退用のスプレーなどを持っていく。
● 行くのを止める。
と いうようなことを考えています。
これが、危険性回避のための対策を検討しているということに当ります。
(リスクレベルを低くするための対策を考えている)
これらのことが、今、言われているリスクアセスメントそのものです。
私たちは、生活の中で、これらのことを無意識のうちにしています。
山歩きの ついでに、きのこ狩りをしました。
おいしそうなキノコが沢山採れました。
しかし、このキノコは、「食用キノコ図鑑」にも「毒キノコ図鑑」にも
載っていませんでした。
さて、皆さんは、苦労して採ってきたキノコを食べますか?
さらに、次の状況が加わったら、どうしますか?
① 山を下りたら、見知らぬ人が 「このキノコはおいしいよ」と教えてくれました。
⇒ ① の状況では、一割の人が食べると答えました。
② 一緒に行った仲間が 「このキノコはおいしいよ」 と鍋で煮始めました。
⇒ ② の状況では、半分の人が食べると答えました。
安全であることが確認できない状態であっても、その人の感受性や状況により、リスクが小さいと判断する、リスクを許容する「許容可能なリスク」の存在が分かります。
状況の違いにより、キノコを食べる人の割合に変化が生じました。
リスクを「許容できる」または「許容できない」と判断する基準は、絶対的なものではありません。
その時代の社会観、事業場や職場の安全衛生水準、作業者の感受性などにより、許容可能と判断する範囲が変わってきます。
リスクアセスメントにおいて、リスクを許容可能とする範囲は、事業場のルールとして決める必要があります。
労働災害や特殊健診で有所見者が多い腰痛・異常温度・騒音・有害物質
腰痛のリスクアセスメント ①
兵庫腰痛予防自主管理指針
腰痛発生の危険性を高める因子を各作業現場や作業ごとに特定し、そのリスク因子がどの程度影響し、改善の必要性・緊急度はどの程度であるか等について危険度の評価を行う必要があります。これは、腰痛のリスクアセスメントを行うためのチェックリストです。
腰痛のリスクアセスメント ②
職場改善支援システム
高齢者対応型の職場創出に寄与することを目的として作成されています。
暑熱のリスクアセスメント
有害性のレベルと作業の程度の2つの要素でリスクを見積ります。
有害性のレベルとしてWBGT指数を使いますが、WBGT計が用意できないときは、乾球温度と湿球温度を使用します。
WBGT(湿球黒球温度: Wet Bulb Globe Temperature )とは、熱中症になりやすい状況かどうかがわかる基準のことです。
WBGT の値は、湿球温度と黒球温度を測定し、また、屋外で太陽照射のある場合は乾球温度を測定し、それぞれの測定値を基に次式により計算したものです。
WBGT(湿球黒球温度)の算出方法
屋外:WBGT=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度
屋内:WBGT=0.7×湿球温度+0.3×黒球温度
WBGTと気温、湿度との関係
暑熱のリスクアセスメント
有害性のレベルと作業の程度の2つの要素でリスクを見積ります。
騒音のリスクアセスメント
有害性のレベルとばく露時間の2つの要素でリスクを見積ります。
喫煙や肥満などのような生活習慣によって、心臓発作のリスクは2倍に高まるのですが、労働衛生上、聴覚を守るために設定されている限界値よりも低い「騒音」で、5割ほど 心臓発作のリスクが高くなる報告もあるそうです。
有害物質のリスクアセスメント
健康障害防止のための化学物質リスクアセスメントのすすめ方(中央労働災害防止協会)
リスクアセスメント手順
① 危険・有害性情報を入手し、格付けする <ハザード評価の実施>
MSDS( GHS 対応)を入手します。
GHS:化学品の分類および表示に関する世界調和システム
② 化学物質によるばく露の程度を特定する <ばく露評価の実施>
1) 実測値がある場合
作業環境測定値、個人ばく露濃度測定値または生物学的モニタリング値から特定します。
作業環境濃度レベルと作業時間・作業頻度レベルからばく露の程度を特定します。
作業環境測定結果を用いた例
作業環境測定のA測定 ⇒ 第2評価値(EA2:算術平均値)を用います。
管理濃度に対する倍数 = EA2(算術平均値) / E(管理濃度)
B 測定値を行った場合は、A測定と比較して高い方を用います。
管理濃度がある場合には管理濃度に対する倍数を、管理濃度がない場合には、許容濃度(日本産業衛生学会またはアメリカのACGIH)に対する倍数を算出します。
作業環境濃度レベル
管理濃度に対する倍数 = EA2(算術平均値) / E(管理濃度)
作業環境濃度レベル | e | d | c | b | a |
管理濃度等に 対する倍数 |
1.5 倍以上 5 倍未満 |
1.0 倍上 1.5 倍未満 |
0.5 倍上 1.0 倍未満 |
0.1 倍以上 0.5 倍未満 |
0.1 倍 未満 |
作業時間・作業頻度レベル
1 回の勤務シフト内で化学物質と接触する時間数、作業の年間時間数と、この算定期間における労働時間から接触時間を求めます。
作業時間・ 作業頻度レベル |
ⅴ | ⅳ | ⅲ | ⅱ | ⅰ |
シフト内の接触時間割合 | 87.5 %以上 | 50 %以上 87.5 %未満 | 25 %以上 50 %未満 | 12.5 %以上 25 %未満 | 12.5 %未満 |
年間作業時間 | 400h以上 | 100h以上 400h未満 | 25h以上 100h未満 | 10h以上 25h未満 | 10h未満 |
作業環境濃度レベル と 作業時間・作業頻度レベルからばく露レベル を求めます。
作業時間・作業頻度レベル\作業環境濃度レベル | e | d | c | b | a |
ⅴ | 5 | 4 | 3 | 2 | 2 |
ⅳ | 5 | 4 | 3 | 2 | 2 |
ⅲ | 5 | 3 | 3 | 2 | 2 |
ⅱ | 4 | 3 | 2 | 2 | 1 |
ⅰ | 3 | 2 | 2 | 1 | 1 |
ハザード格付け と ばく露レベル からリスクレベルを求めます。
\ | e | d | c | b | a |
5 | Ⅴ | Ⅴ | Ⅳ | Ⅲ | Ⅱ |
4 | Ⅴ | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ |
3 | Ⅳ | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ |
2 | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ | Ⅰ |
1 | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ | Ⅰ |
③ リスクレベルを判定する <リスクレベルの決定>
Ⅴ | 耐えられないリスク |
Ⅳ | 大きなリスク |
Ⅲ | 中程度のリスク |
Ⅱ | 許容可能なリスク |
Ⅰ | 些細なリスク |
眼と皮膚に対するリスクは、単独に評価します。 S : 眼と皮膚に対するリスク
適切な個人用保護具で対応します。
2) 実測値がない場合
化学物質の取扱量、揮発性などの作業環境濃度レベルと作業時間、作業頻度などの作業条件とで総合判断します。
推定作業環境濃度レベルを求めます。
取扱量ポイント A
ポイント | 液体 | 個体 |
3(大量) | kℓ 単位 | トン 単位 |
2(中量) | ℓ 単位 | kg 単位 |
1(少量) | mℓ 単位 | g 単位 |
揮発性・飛散性ポイント B
ポイント | 液体の揮発性 粉体の飛散性 | 液体 沸点 | 固体 物理的形状 |
3 | 高 | 50℃未満 | 微細な軽い粉体(例 セメント) |
2 | 中 | 50℃以上 150℃未満 |
結晶状・顆粒状(例 衣料用洗剤) |
1 | 小 | 150℃以上 | 壊れないペレット(例 錠剤) |
作業者の作業方法による汚染の状況により修正します。 C
作業者の作業服、手足、保護具が、対象物質による
ポイント | 状況 |
1 (修正あり) | 汚染が見られる場合 |
0 (修正なし) | 汚染が見られない場合 |
常温を超える 温度で使用する場合の揮発性については、右の図を用います。
作業環境濃度レベルと作業時間・作業頻度レベルからばく露の程度を特定します。
③ リスクレベルを判定する <リスクレベルの決定>
推定作業環境濃度レベルを求めます。
取扱量 揮発性・飛散性 作業者の汚染状況による修正
の各ポイントの合計から推定作業環境濃度レベルを求めます。
推定作業環境濃度レベル(EWL) =
取扱量ポイント(A) + 揮発性 (B) + 修正ポイント(C)
推定作業環境濃度レベル | e | d | c | b | a |
A+B+C | 7~6 | 5 | 4 | 3 | 2 |
ハザード格付け と ばく露レベル からリスクレベルを求めます。
\ | e | d | c | b | a |
5 | Ⅴ | Ⅴ | Ⅳ | Ⅲ | Ⅱ |
4 | Ⅴ | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ |
3 | Ⅳ | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ |
2 | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ | Ⅰ |
1 | Ⅳ | Ⅲ | Ⅲ | Ⅱ | Ⅰ |
Ⅴ | 耐えられないリスク |
Ⅳ | 大きなリスク |
Ⅲ | 中程度のリスク |
Ⅱ | 許容可能なリスク |
Ⅰ | 些細なリスク |
眼と皮膚に対するリスクは、単独に評価します。 S : 眼と皮膚に対するリスク
適切な個人用保護具で対応します。
リスクの低減措置
法令に定められた事項がある場合にはそれを必ず行ないます。
リスクの低減措置は、次の順番にリスク低減の具体的な方法を検討します。
① 危険性又は有害性の低減
有害性の高い化学物質等の使用の中止、または有害性のより低いものへの代替
化学反応のプロセス等の運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更等
② 工学的対策
機械設備等の密閉化・局所排気装置の設置等の工学的対策
③ 管理的対策
操作マニュアルの整備等の管理的対策
④ 個人用保護具の使用
個人用保護具の使用